6つのクリッピングプラグインを徹底比較【概要編】
どのClipperを使えばいいのか分からない、比較記事を出してくれ、などのお声を頂きました。ということで、音をデカくする手段の一つとして知られるClipperを比較していきます。
今回比較するのはタイトルにある3種
に加えて下記3点も比較対象に加えます。
当記事は詳しい概要を説明しています。
実際の音とCPU使用率を比較している後編記事はこちら⇩
リミッターとクリッパーの違い
元の画像:https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcTl5UXe9VYShiceoweH5BnArnyGXce4NjaU4A&usqp=CAU
リミッター Limiter
設定されたスレッショルド(閾値)を超える音量を制御するために使用されます。リミッターは通常、音量がスレッショルドを超えないように信号を圧縮し、音量のピークを滑らかにすることで、信号のダイナミックレンジを保ちつつ、歪みを最小限に抑えます。クリッパー Clipper
設定されたスレッショルドを超える信号を切り落とすことで、ピークレベルを制御します。これにより、信号のピークが強制的に制限され、硬く歪んだサウンドを作り出すことがあります。クリッパーは、音量の増加やサチュレーション効果を付加するために使用されることが多いです。
各製品の解説
SIR Audio Tools StandardCLIP
この製品は大きく分けると下記の2通りの方法にて主に使います。
- マスターバスにインサートして音量を稼ぐダイナミクスのツールとして
- 信号に奇数倍音を加えるハーモニックジェネレーターとして
奇数倍音が増えるのは波形が矩形波に近づくことを考えると分かりやすいと思います。
他のクリッパープラグインも基本的な部分は同じ動作、使われ方をします。
位相に関しても通常通り、下記の2つを搭載しています。
- レイテンシーがないミニマムフェーズモード
- レイテンシーはあるが、位相変化はないリニアフェーズモード
そして、ここからがこのプラグインのスゴイところです。
これらのモードに加えてオーバーサンプリングの工程に用いるフィルターの質とカットオフ周波数を変更できます。
フィルターがここまでかなり細かく設定できるクリッパーは珍しいかもしれません。
設定方法 = Preference -> Oversampling Configuration
オーバーサンプリングは脅威の256倍まで選べます。
リニアフェイズだと書き出し速度は最悪ですが、NOS(ノンオーバーサンプリング)との差は歴然です。
また、カーナルサイズ(フィルターカーブの角度)とカットオフ周波数でも音色を決められます。
下にレイテンシーの記載があるのがとても親切です。
ちなみに、フェイズの違いでフィルターカーブに下記のような違いが出るようです。
右がミニマムフェイズです。
×256でもCPU使用率がそこまで高くならないのでうまく使えれば相当なメリットを得られそうです。
出音も比較しましたが、ほとんど聴感上で差は分からず、差分を書き出したらかなり微細な違いでした。
位置合わせに3ティック分、波形をずらしました。
※ずらさなくても差はわずかです。
差分音源用意しました。
リニアフェイズ
ミニマムフェイズ
差分
ナイキスト周波数と信号処理の順序
ナイキスト周波数を簡単に説明すると、サンプリングレートの半分、つまり1chあたりの上限周波数を指します。そこを境に折り返しノイズ(エイリアシング)が生まれるので、プロセスの手前でオーバーサンプリングをする作りになっています。
これが実際の信号処理の順序を示した画像です。
周波数分布比較
オーバーサンプリングした理想の周波数分布と、オーバーサンプリングをしなかったときの周波数分布を比較してみましょう。左がオーバーサンプリングをしたもので、右はオーバーサンプリングをしなかったものです。
サイン波の周辺に別の線が見えるのが分かると思います。
これがいわゆるエイリアシングノイズです。
音で聴くともっと分かりやすいです。
※サイン波のスイープです。音量に注意。
音源で比較するオーバーサンプリングの有無
ドラム音源で比較してみました。ノンオーバーサンプリング(×1)
オーバーサンプリングあり(×256)
対して、オーバーサンプリングありの方はあまり時間軸は変化せず高域の質感が生きているような印象があります。
必ずしもどちらが良い、というのはなく、好みや使用用途によって変えるのが良いと思います。
関数グラフ
対数表示とリニア表示を画面クリックで切り替えられます。クリッパーだと左がほとんどですが、ディストーションは右の表記が多いですよね。
参照サイト
https://www.siraudiotools.com/StandardCLIP_manual.php
Newfangled Audio (Eventide) Saturate
クリッピングするしないの境界のような、トランジェントをスムーズにするかけ方をSoft Clippingと呼びます。
少しの倍音だけで歪まないメリットがありますが、音をあまり大きくできないデメリットもあります。
つまり、トレードオフの関係にあります。
非対称線形のクリッピングをオーバードライブと呼び、奇数倍音に加えて偶数倍音も増えます。
真空管のような響きを得られるといわれていますが、決して魔法のようなものではありません。
しかし、Saturateには細部保持アルゴリズムが搭載されています。
細部保持アルゴリズム (Detail Preservation Algorithm)
波形で比較できる資料があったので載せていきます。まず、すべての信号は複数のサイン波で構成されているということが下記画像で分かります。
では、クリッピングしてみるとどうでしょう?
その波形の上下端がフラットになり、そこにある小さなサイン波が失われることが分かります。
しかし、Saturateには賢いアルゴリズム (Detail Preservation Algorithm) によって小さい音をシーリングでバッサリカットせず、下記波形のようになるよう処理することができます。
さて、キックドラムのアタックに対し、かけたものを比較してみましょう。
上がアルゴリズムを適用しなかった場合、下がアルゴリズムをONにした場合です。
こちらも同様に上下の端あたりの波形処理に違いがみられます。
アルゴリズムの有無による音の違いを音でも比較してみましょう。
- アルゴリズムあり
- アルゴリズムなし
参照サイト
https://www.newfangledaudio.com/post/saturate-1-7-0-preserving-detail-while-clipping
Signum Audio SKYE Clipper
SKYE Clipperの概要
ミキシング、マスタリング、クリエイティブなサウンドデザインに使用できるクリッパーおよびサチュレーターです。洗練された独自のリアルタイムアンチエイリアスアルゴリズムを利用したクリッピングタイプが7つ収録されています。
洗練された機能が豊富でありながら、シンプルなUIを特徴としています。
SKYE Clipperの使用用途
ピークを削り取り、ハーモニックサチュレーションで音のボディ感を与えることができるため、
トラックの知覚的なボリュームを増やし、豊かでパンチの効いている充実したサウンドを作るのに適しています。
また、楽器にザラザラ感やクランチ感を加えるサチュレーターとしても最適です。
主な使用のシチュエーションとしてはスネアの調整、バス処理、シンセサイザーへのテクスチャの追加などが挙げられます。
スケーリング機能付きの履歴ビューを使用して、これまでのオーディオ処理をチェックし、正確な作業を行うことにも適しています。
独自のリアルタイムアンチエイリアシングアルゴリズム
SKYE Clipperは不要なエイリアシングノイズを削除するアルゴリズムを搭載しています。
CPU使用率の増加が懸念されるオーバーサンプリングを使用しません。
パラメーターのオートメーション化
SKYE Clipperには、Pregain、Threshold、Clipping Type、Gain Link、Post Gain、Dry/Wetを制御できるコントロールパネルがあります。
DAWではすべてのパラメーターを完全にオートメーション化でき、Shiftキーを押しながらドラッグすることで微調整をすることもできます。
ちなみに、SKYE Clipperはサラウンド版も用意されています。
参照サイト
https://www.signumaudio.com/skye-clipper
Kazrog KClip3
多機能なクリッピングプラグインで、音質の透明性も高いです。
また、個々のトラックに暖かさ、歪み、彩度を加えるのにも非常に便利です。
ポップ、ロック、ヒップホップ、EDM、サウンドデザインなどの分野でトップのプロデューサーやエンジニアに選ばれています。
マルチバンドなどの機能
上記のようなマルチバンド処理(4バンド別のアルゴリズムも可)ができるのが大きな特徴です。
他にもミッドサイド処理、色をカスタマイズできる波形ビジュアライザー、エコモードなどの機能が内蔵されています。
試しにシングルバンドとマルチバンドを比較してみましょう。
- シングルバンド
- マルチバンド
それに対し、シングルバンドの全帯域まとめての時間軸で歪んでしまいます。
波形がサイン波に近く、大きい低音により反応してしまった結果このような音になると思います。
100Hz、1KHz、10KHzで分かれていますが、周波数は変えられるし、後に説明するアルゴリズムも変えられます。
クリッピングアルゴリズム
ディストーションに近い音も含め、下記8種類のクリッピングアルゴリズムが収録されており、様々なシチュエーションで使えるよう設計されています。- Smooth
- Crisp
- Tube
- Tape
- Germanium
- Silicon
- Broken Speaker
- Guitar Amp
上位4つはマスタリング、他はトラックの音作りに使うのがセオリーでしょうか。
今回は上4つのみ比較します。
Schwabe Digital Gold Clip
今回比較する中では特殊な部類になります。
実機のDAコンバーターのモデリングで、その中にあるクリッパー部分を再現しているものになります。
他にもGold、などのこのプラグインならではの機能が詰まっています。
オーバーサンプリングについてはマニュアルに記載されています。
今回はクリッパー部分のみ比較します。
検証にあたり、トリムリンクを外したり、オーバーサンプリングの設定を変えたりしました。
パラレルで使用するためのリニアフェイズモード
パラレル処理が必要なくてローのトランジェントを良くしたいときのミニマムフェーズモードを選べます。
詳しくはこちらをご覧ください⇩
Pulsar Modular P44 Magnum
P44 Magnumの概要
納得するクリッピングができるプラグインがなかったので自分たちで作ったという意欲作。同社P42 Climaxの遺伝子を引き継ぐプラグインですが、SWEET、O2、クリッパーなど半分以上が完全新規開発ということのようです。
SWEETは高周波フィルター系のエフェクト、O2は音に息を吹き込むようなユニークな回路アルゴリズムで、OOMPHはサブベース帯域の力強い鼓動を、POOMPHはそれよりは少し上の低域にパンチを加えてくれるパラメーターです。
デュアルモノでLRを個別に処理することもできます。
今回はクリッパープラグインとしての比較のため、その他パラメーターについての詳細は割愛します。
こちらの記事をご覧ください。
P44 Magnumのオーバーサンプリングについて
右下にあるOSマークがオーバーサンプリングを指します。
- ビンテージ DAWのサンプリングレートの2倍で動作します。
- インテリジェント こちらもDAWのサンプリングレートの2倍で動作します。
- HD DAWのサンプリングレートが384KHzで動作します。
高周波に滑らかなフィルターでクラシックなロールオフ特性を維持し、エイリアシング信号をフィルターせずに残すことができます。
ビンテージの滑らかさとモダンな不調和な歪みが特徴です。
44.1KHz/48KHzでの使用に最も有効です。
周波数スペクトルをスキャンし、エイリアシング信号を減衰させます。
この処理の具合は他のパラメーターを含めたP44 Magnumによる効果の具合によります。
INTELと同じようにスキャンフィルターを使用し、効率的なCPU負荷をしている点から、マスタリング、ミキシングの重要なパートに適しています。
※44.1KHz/48KHz→8倍、88.2KHz/96KHz→4倍、192KHz→2倍
P44 Magnumのクリッピングについて
音質、左右の位相感などソース特性を他に比べて極めて高品質で保持するのが特徴です。
最大で-18dBFSに設定でき、GRはゲインリダクション量を表示します。
OUTでは-18 ~ 9dBまでクリッピングあとのレベル調整ができます。
CLIPはMIXの後、つまり最後に設定されているので、MIXノブをDryに振り切れば実質「単体クリッパー」として動作します。
CLIPセクションはOSボタンに関係なく常に4倍にオーバーサンプリングされます。
【追記】
v1.1になり、Soft Clip機能が追加されました。
詳細は後編やレビューでも触れますが、当記事でも試しにKNEE0.0と8.5(最大値)の違いを聞いてみましょう。
- KNEE 0.0(HARD CLIP)
- KNEE8.5(SOFT CLIP)
実際に音声で比較
音の差が分かりやすいように合計18dBリダクションをかけて、3dB持ち上げてピークは-15dBになるように掛けています。元素材、DAWのサンプリングレートは44.1KHzで、
あらかじめピークはDOTEC-AUDIO DeeMMaxで叩いてあります。
実験結果ではA.O.M.社のInvisible Limiter(無印)と並ぶ高品質なマキシマイザーです。
オーバーサンプリングはSKYE Clipperを除き、すべてP44 Magnumの4倍に揃えています。
SaturateはANTI-ALIASINGをONにしています。
CPU負荷を比較
こちらも後編でやっていきます!!Twitter ID:@MazQmusic
— MazQ / MusicMaker (@MazQmusic) 2019年1月30日
SoundCloud: https://t.co/Wz1FUfcio8
Blog:https://t.co/Nc3MslA1jb
AudioStock:https://t.co/k7ob0roCA6
次回もお楽しみに!
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